保木工房からの提案

・保木工房からの
 メッセージ

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・作品 (保木成敏)
・作品 (松浦さとみ)
保木工房主宰・紙漉き職人の保木成敏は独自のアプローチで伝統工芸である
美濃和紙の再生に取り組んでいます。
「天然素材(手漉き和紙)のある暮らし」というテーマを掲げ、和紙制作の
現場から発信される提案がどのようなものか?
工房スタッフの松浦さとみが一般的な視点から保木氏の活動の一端に触れ
インタビュー形式でその理念に迫ってみます。
保木成敏
interviewee:保木成敏interviewer:松浦さとみ
INTERVIEW
2008年11月
  植物の木の皮! 和紙との出会い
コウゾの株(春)
コウゾの株(春)
質問1 ──── 和紙づくりの道に入ってどのくらいになりますか。
回答1 1996年からなので、修行時代の5年間を入れると2009年で14年目になります。
質問2 ──── 和紙という素材との出会いは。
回答2 初めて和紙を意識したのは学生時代、美術大学で版画を学んでいた頃からです。
版画の作品を制作する過程で、いろいろな紙を試し刷りするサンプルの中に和紙もありました。
版画研究室の研修で福井の越前和紙の現場を見学に行った時に、和紙がコウゾ・ミツマタ・ガンピなど
植物の木の皮からできていることを知り衝撃を受けました。
  質問3 ──── 紙づくりの現場から見る「和紙」と「洋紙」の違いについてきかせて下さい。
コウゾの靭皮繊維
コウゾの靭皮繊維
回答3 版画を制作していた頃は、アルシュ・BFK・ハーネミューレなどの洋紙を中心に使用していました。
どれも美しい紙で大好きです。
洋紙と和紙の違いを大雑把に言えば、洋紙の場合の多くは木材を砕いたパルプを原料とします。
対して和紙は、植物の皮を原料とします。こうした植物の皮を「靭皮繊維(じんぴせんい)」と言います。
私は楮(こうぞ)を主体に紙づくりをしていますが、楮という植物はとても成長が早く、収穫後、株を残して
おくと春にその株から芽が出て夏には3メートル以上に伸び上がります。秋の落葉後に刈り取り、原木を
蒸して皮を剥ぐ。その皮から純粋な植物繊維を取り出して漉き上げたものが和紙となるのです。
この営みは毎年繰り返しても自然を破壊することのない循環型の生産方式であり、我々の先祖が遙か昔から
この方式を確立し継承し続けてきたことなのです。畏敬の念を感じずにはいられません。
  ──── 今でこそロハス(LOHAS=Lifestyles of Health and Sustainability=健康と環境、持続可能な
──── 社会生活を心がける生活スタイル)という言葉が存在しますが、その原点とも言えますね。
  そうですね。ほとんどの植物は紙になる力を秘めているそうですが、中でもコウゾ・ミツマタ・ガンピは
靭皮繊維(じんぴせんい)の強さ、和紙独特の光沢や光を通した時の温かでやわらかな美しさ、1000年以上の
年月を生き続ける耐久力などに特に優れており、我々の先祖はその力をわかった上で選択しているのです。
私達はその発見を継承しているにすぎません。
  和紙のクオリティーをわかりやすく伝えるためにはどうしたら良いか
  質問4 ──── 透かし文様紙やレース紙など特徴的な紙を開発することになったきっかけと狙いは。
カミノシゴト展 vol.1
カミノシゴト展 vol.1
(2001年)
回答4 2001年に東京で美濃和紙を発信する大規模な展示会「カミノシゴト展」を5カ年計画で開催するという
企画が立ち上がり、それに参加することになったのがきっかけでした。
その企画展がどのような人々に向けて発信するものなのか?を探ってみると、建築家やインテリア・
プロダクトデザイナーを中心とした、普段手漉き和紙に触れる機会の少ない方々ということでした。
ですから、まずは和紙のクオリティーをわかりやすく伝えるためにはどうしたら良いかを考えたのです。
  ──── 私が初めて手漉き和紙と出会ったのも「カミノシゴト展vol.1」でした。あの展示会は美濃和紙の
──── 転機とも言えるものだったのではないでしょうか。
  その通りだと思います。ところが、展示会を成立させるという視点から見ると、例えば、文化財の
本美濃紙(※1)に代表されるプレーンな和紙は素材として優秀であると評価されてはいますが、紙面が
無表情に見えてしまうので、専門的な職人(表具師など)以外の一般的な人々にはその優秀さが理解
されにくいという状況があると思うのです。
カミノシゴト展のターゲットは専門的な職人ではなくデザイナーということだったので、私は従来の
高品質を損なうことなく、天然素材である和紙本来の風合いや美しさを生かしながら紙面に表情を持たせる
ことで、誰が見てもわかりやすいように伝える最適な方法を考えました。それが「透かし」です。
透かし文様紙
保木工房オリジナル
透かし文様紙
  ──── 「透かし」と言うと、一般的にはお札(紙幣)の透かしを連想すると思いますが。
  紙幣の「透かし」は、光にかざして初めて隠れた文様が浮かんで見えるものですが、保木工房の「透かし」は
光にかざさなくても文様を見ることができます。1枚の紙の中で厚みの違いをレリーフ状に構成すること
により、様々なカタチを視覚的に認識させる現象なのです。
質問5 ──── 今までにない、新しい紙をつくる過程で新たな発見はありましたか。
回答5 この技術を開発している途中で、レース紙につながる発見があり、現在漉いているような複雑な
レース状態の紙を漉き上げるまで進化させることができました。すべては天然の楮(こうぞ)の繊維の長さと
強靱さがあってこそ なせる技だと思っています。
現代では紙を機械加工でレース状にカッティングすることは容易にできるわけですが、機械カットの
レース紙と手漉き和紙のレース紙をぜひ手に取って見比べていただきたい。天然繊維の持つクオリティー
の特徴をダイレクトに感じてもらえると思います。
 
レース紙
保木工房オリジナル
レース紙
どんなに美しい紙でも生活の中で活かされなければ意味がない
質問6 ──── 自身で紙を漉き、さらに様々な作品に仕上げて発表していますが、その目的とは。
回答6 和紙はあくまでも素材なので、どんなに美しい紙が漉き上がっても日常生活の中で活かされ
なければ意味がないと思います。
新たな和紙の開発と和紙をどのように使用すれば生活の中に取り込むことができるのか?を
同時に考えながら紙を漉くことは自然なことだと思っています。
私は自己表現として作品を制作している意識はなく、作品発表を通し、現場から和紙を活かして
見せることで「和紙のある暮らしの提案」をしており、それを目的としています。
  質問7 ──── これまで発表された作品による提案とは具体的にどのようなものですか。
衝立タイプの障子作品
衝立タイプの障子作品
回答7 美濃和紙は長い歴史の中で障子紙など和の建築空間における建具として多く使用されてきました。
しかし、現代は洋風建築の一般化や機械抄き和紙の台頭により手漉き和紙が障子に使用されること
がほとんどなくなってしまいました。
私は障子という建具の構造を捉え直し、現代の和・洋どちらの建築空間でも楽しむことのできる
衝立タイプの障子・額装タイプの障子を作品として具体化させることで障子のある生活の提案を
しているのです。
伝統工芸とデザインの関係
質問8 ──── 展示会の開催を通じて、新たな気づきや発見はありましたか。
回答8 独立してから今まで、多くのデザイナーの方々とのお仕事を手掛け、本当にいい勉強をさせていただいて
おります。こうした経験こそ財産だと思っています。
毎年東京を拠点に展覧会を開催していますが、会場で直接お客様の反応を感じ取ることは工房で
紙づくりに集中しているのと同じくらい大切なことだと気がつきました。
職人は、ものをつくる行為に埋没して周りが見えなくなってはいけないと自戒をこめて思います。
また、展覧会を通してデザイナーを志す若い世代には伝統工芸に対して関心の高い人が多いということも
知りました。それは職人にとってとても大きな励みになります。
カミノシゴト展 vol.5
カミノシゴト展 vol.5
(2006年)
  ──── そうですね。興味を持っている人は多いと思います。
──── 私も手漉き和紙を初めて知ったのは東京で開催された展示会だったし、それがきっかけで
──── 美濃に行き来するようになり、移住に至りました。モノが溢れ飽和状態なのに心は飢餓…という
──── 息詰まった状況の中で出会った手漉き和紙はとても新鮮に映ったし、たかがプレーンの紙1枚に
──── 私は心を打たれました。その展示会を見た帰りは、あまりの感動で泣いて帰ったくらいです。
──── 天然の素材だからこそ与えられる、深く純粋な感動だと思います。
  あなたのように現場に飛び込んで来てしまう無鉄砲な人もいるわけですが、それはかつて自分が
新潟の師匠(越後門出和紙・小林康生氏 ※2)の元に飛び込んだ時の切実な想いと重なるところがあり
共感できます。 和紙に対する思いはそれぞれにあると思いますが根本的なところで何か共通点が
あるような気がします。
 
  質問9 ──── 伝統工芸にデザインは必要だと思いますか。
生成楮紙
生成楮紙
回答9 和紙の場合、「なにか」になるための素材なので、その「なにか」にするためには
デザインの力が必要なのだと思います。
おそらく現代の一般的な家庭生活の中で伝統的な手漉き和紙が姿を消したとしても何も困らないということは
明らかだと思います。現代人は工業的に造られた化学物質に取り囲まれても暮らしていけるように思います。
が、しかし、それだけでは何か殺伐とした息が詰まりそうな生活になるのではないでしょうか?
私は手漉き和紙(=天然素材)を生活に取り入れることにより精神が安らいだり、幸福感に満たされる効果が
あることを日々の暮らしの中で実感する時があります。
手漉き和紙は1300年の伝統があると言われていますが、それだけ長い間、日本人の暮らしと共に活用
されてきた素材なのですから、現代の生活環境に見合った用途をデザインすることができたならば決して
無用なものではなく、新たな用途と共に広がり伝統を未来に積み重ねてゆくことができると信じています。

これからの伝統工芸には、デザイン感覚を備えた職人、職人のスピリットを持ったデザイナーが
求められるのかもしれません?

松浦はデザイナーという立場で工房のサポートをしてくれていますが、日々の仕事の内容は紙づくり
そのものですから当工房では職人とデザイナーという垣根はありません。
紙づくりの現場での様々な工程を実践する中から発見があり、新たな紙が誕生する可能性があると
思えるし、日々仕上がった紙を取り扱う中から紙を活かすアイデアが閃く場合もあるでしょう。
和紙は素材ですから、松浦にはデザイナーの1人として工房の技術を大いに活用して手漉き和紙を
活かす提案を広げていくことに協力してほしいと思っています。
紙漉き
紙漉き
豊かで魅力的な美濃手漉き和紙の産地づくり
質問10 ──── 理想の紙漉き職人像とは。
回答10 それは私にもわかりません。まだまだ模索中です。
独立したばかりの頃と比較すれば、年を重ねるごとに独自の職人スタイルが築けてきた
ようには思います。
ただし、私個人の職人スタイルということよりも、美濃和紙の産地として魅力を高めるための
職人スタイルを築くことが大切だと思っています。
  質問11 ──── 美濃手漉き和紙の産地の現状についてどう思っていますか。
本美濃紙
本美濃紙
回答11 危機的な状況だと思います。
わずかな光明は、若い世代の後継者数名がこの地に移り住み、日々紙づくりに奮闘できる環境が
整ってきたことではないでしょうか。
2001年には、美濃和紙若手後継者によるグループ「美濃和紙ネットワーク21」(※3)が結成されました。

重要無形文化財である本美濃紙の技術を保存し、守り続けることに力を注ぐ役割を担う職人は
もちろん重要ですが、この現代に求められる手漉き和紙を開発し、新しい可能性を引き出す
役割を担う職人も必要なのです。
職人各自が役割の分担を自覚して、求められる魅力的な和紙を開発する努力を積み重ねることで
様々な紙のバリエーションのあふれる豊かな産地になることこそ、理想なのではないかと
思っています。
 
  ※1 本美濃紙 丹念に白皮まで処理された楮の原料を薬品は使わずに入念に処理し、栃板による天日乾燥を行う
など一環して昔ながらの自然な処理をした紙。また漉く際には「そぎつけ」と呼ばれる高級な
簀を用いて縦揺りに美濃独特の横揺りを加えた微妙で複雑な動かし方を行うのが特徴。
現在、この伝統技術は本美濃保存会によって保存・継承の努力がなされている。
ネットワーク21
和紙職人の後継者で
形成されている
「ネットワーク21」
※2 生漉き紙(きずきがみ)を中心に、書・画材用紙、表具用紙、凧紙、草木染め紙、お酒のラベル
(久保田)など多種類を生産している。一貫しているのは「健康な紙」で「30世紀に残る紙」が
基本姿勢。雪国特有の「雪晒し(ゆきざらし)」や「紙塊(かんぐれ)」などの原料処理を行っている。
木灰煮の紙やコウゾを品種ごとに作付けをするなど、コウゾ原料にこだわった紙づくりを
進めている。
※3 美濃和紙若手後継者数名によるグループ。
伝統を大切に守りながら個々の感性を活かした技術の研究や新商品の開発を行っている。
東京を拠点に定期的に展覧会を開催し、積極的な発表を継続させることにより
美濃和紙の復興と再生に取り組んでいる。